あとの大戸を、金の額ぶちのように背負って
あとの大戸を、金の額ぶちのように背負って、揚々として大得意の体で、紅閨のあとを一散歩、贅を遣る黒外套が、悠然と、柳を眺め、池を覗き、火の見を仰いで、移香を惜気なく、酔ざましに、月の景色を見る状の、その行く処には、返咲の、桜が咲き、柑子も色づく。……他の旅館の庭の前、垣根などをぶらつきつつ、やがて総湯の前に近づいて、いま店をひらきかけて、屋台に鍋をかけようとする、夜なしの饂飩屋の前に来た。
獺橋の婆さんと土地で呼ぶ、――この婆さんが店を出すのでは……もう、十二時を過ぎたのである。
犬ほどの蜥蜴が、修羅を燃して、煙のように颯と襲った。
「おどれめ。」
と呻くが疾いか、治兵衛坊主が、その外套の背後から、ナイフを鋭く、つかをせめてグサと刺した。
「うーむ。」と言うと、ドンと倒れる。
獺橋の婆さんが、まだ火のない屋台から、顔を出してニヤリとした。串戯だと思ったろう。
「北国一だ――」
と高く叫ぶと、その外套の袖が煽って、紅い裾が、はらはらと乱れたのである。