この学校へは西洋人が二人、会話や英作文を教えに来ていた
この学校へは西洋人が二人、会話や英作文を教えに来ていた。一人はタウンゼンドと云う英吉利人、もう一人はスタアレットと云う亜米利加人だった。
タウンゼンド氏は頭の禿げた、日本語の旨い好々爺だった。由来西洋人の教師と云うものはいかなる俗物にも関らずシェクスピイアとかゲエテとかを喋々してやまないものである。しかし幸いにタウンゼンド氏は文芸の文の字もわかったとは云わない。いつかウワアズワアスの話が出たら、「詩と云うものは全然わからぬ。ウワアズワアスなどもどこが好いのだろう」と云った。
保吉はこのタウンゼンド氏と同じ避暑地に住んでいたから、学校の往復にも同じ汽車に乗った。